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女医の愛欲日記

監督 深尾道典 1973年 52分
goo映画: Movie × Travel — 旅のような映画 映画のような旅

迷宮入りした熊本美人歯科医殺人事件をモデルに、異常性愛にのめり込みわが身を滅ぼしていく女医の姿を描く東映500万円ポルノシリーズの一本。シュールな演出やセリフ回し、カメラワーク等、頭をかかえたくなるシーンが連続する。カルト映画史上に残る傑作か、それとも前衛を気取った失敗作か!?佐藤慶渡辺文雄小松方正など豪華な出演陣を配して、大島渚の『絞首刑』の脚本を手がけた深尾道典がおくる問題作をその目で確かめよう。
(シネマーヴェーラ渋谷HPの紹介文より引用)

「なんだこりゃ」が観終わっての率直な感想。周囲の観客も首をひねってる感じの人多数。東映の500万円ポルノシリーズの1本とのことだが、詳しいことはよく知らない。気が向いたら調べたい。実際にあった事件を元にしたという言い訳はあるけど、そんなことはわからなくて、主役の女医の異常性愛とその他もろもろの説明しようのないエピソードの連続で唖然とする映画。
個人的に一時代前のポルノ映画のイメージは(今でもそうなのかもしれないけれど)、「とりあえず男女の絡みのシーンを会社に求められる分だけ挿入しておけば、後は好き勝手に作ってしまって構わない」というものなのだけど、これはまさにこれに該当する。前衛映画とか実験的作品とかも映画人生の中で幾つか見たけれども、これまでに観た映画のどれにも似ていないというのはこの映画の美点だと思う。ただどれにも似ていないからといってそれが面白いかというのは別問題。ただ色々凄すぎるので目が離せなかった。今後見る機会があるのかどうかわからないので、この映画のとんでもなさを記憶にある限り、ネタバレ全開で残しておきたいと思う。

  • 東映マークの後のファーストカットは森の中全裸の女(この人が主役の女医)が乗馬しているシーンから始まるが、別にその後の話に全く関与しないという無意味なカット。
  • 次のシーンで女医はいきなり服を着ていているので、先ほどのカットがイメージシーンだったんだなと分かる。分かるからといってなんだという感じ。で、乗馬する女医の向こうから車がやってきて旦那さん(これが渡辺文雄)が高級車でやってくる。でこの時の会話で、1)旦那さんは九州の市長。とりあえず現在場面が九州の何処かというのはわかるけど、全く九州らしいところは皆無。2)女医はこの人の奥さんで京都に定期的に勉強会に参加している。ということがわかる。ちなみに渡辺文雄市長はこの後全く出てきません。
  • 続いて京都出張場面。車の中で同僚(?)医師の男性・川崎は学生時代からの仲間なんだが、女医に気があるらしくタクシー(ハイヤー?)の中にもかかわらず太股をさわって誘惑しているけど、女医はおかまいなし。適当な理由をつけて拒絶。
  • 女医が宿泊するホテル(このホテルの壁が一面山吹色でサイケデリック感満載)につくやいなや即座に、男娼を求めるため電話。「初めての人がいいの」と注文。常連さんみたいです。「私初めての人じゃないとダメなのよ」ちなみにその後その理由に触れられることはありません。
  • でホテルで服を着替えて恍惚艶めくダンス(多分サービスシーンなんだろうなあ…)をしていると、男がいきなり入ってくる。部屋に鍵をかけとけよ、と思うが、今後、この部屋に鍵がかかっていることは一切ありません。
  • 入ってきた男(佐藤慶)は前回の京都出張(?)のときに相手した人なのであった。当然初めての人じゃないので「帰れ」と女医は言うのだが、男は忘れられなかったといって、無理矢理強姦。で普通に強姦されてことがおしまいではなくて、女もなんだかいいわいいわな感じになってきた模様。そしたら、鞄から医者だけあってもってる注射器を男の体に突き刺さす!何度も何度も!女医プレイなの?と観ている方が困惑していると。この性交に満足したらしく(注射プレイがそんなに気に入ったの?)「またきてね」という。初めての人じゃないとだめという話はどこにいったんだ。
  • で次の日約束の時間(三時だったっけ)に部屋で準備万端裸で待ち構えていると、ドアの向こうから山羊の鳴き声がする。女医ものって「メエ〜メエェ〜」と応酬する。それを何度か繰り返して、盛り上がった後(多分感情的に盛り上がっているということを描写しようとしているのだとは思った)、ドアをあけて表れてくるのは…本物の山羊!ここでズッコケた。椅子からずりおちるという描写をホントにやってしまったのは初めてカモしれない。普通なら山羊の鳴き真似をしていた佐藤慶がでてくるところじゃないのか、それでも十分おかしいのだけど。観客の意表を突きすぎだ。で山羊さんがでてきたので、女医さんどうするのかと思えば、女医さんすでに悶々としているからか山羊さんを抱きしめて抱擁するんですよ。軽い獣姦なの?
  • と思ったら、女医さん何故か(本当に何故か急に)我に返って、可愛がってた山羊を窓から突き落とす。多分、男を待ってたのに山羊だったから逆上なんだと思うけど、さっぱりその心情は不明。途中で山羊ってことに冷めてしまったのかな?また山羊も交わしそうで、頭から血を流して絶命。
  • その直後、女医は部屋にあった花瓶にあった沢山の薔薇の花びらを貪り食う。ホントに貪り食うんです。一輪残さず。この辺り(ここまで十分意味不明)、狂気が宿ってて良かったです。ホントに怖かった。
  • その後、当然ドアにカギがかかってないので、別の男が闖入して「山羊を探している」という。段ボール箱ふた箱ぐらいかついで。中身はわかりません。まあ山羊は絶命してるので当然いないので、帰っていくわけです。
  • 場面変わって、何だか異界じみたぼろぼろの廊下(ホテルの廊下なのかな)で貧相な市原悦子(現在と遜色無しのお姿)が「山羊みつかった」「いや見つからない」死んでることは知らないのです彼らは。「困ったわ。この山羊がいないとあれが世界で最後の山羊なんだから」え?「もしかしたら山羊なんてこの世から存在してないのかもしれない。そもそも山羊をはなんだろうか?何だ。何色だ?赤?」えええ?なんだこの想定外の展開。こんなの誰もが面くらうよ。なんだそれ。まあこの意味不明シーンはここだけで終了。一体なんだったんだ。これが前衛不条理劇なのか。しかもその後何にも関係してきません。山羊は死んだままで放置されています。合掌。
  • 女医は今度は待ちにでて、手頃な男を捕まえて(まあナンパ)で、その男をホテルに連れ込むと、なぜか佐藤慶が乱入。もう鍵かけてないので楽勝ですね。で、ジャケットからバラ鞭で、女医とナンパされた男を鞭打ったあと、ついでにもってきたロープやらな和やらで2人をしばりあげます。で何故か縛ったままの女医を風呂でスポンジでごしごし荒い。そのままレイプ。SMプレイですね。
  • 佐藤慶には妹もいて、ホテルに訪れて女医が金を出すからといって近親相姦3Pプレイ。
  • あとどのタイミングで挿入されたか忘れたけど、佐藤慶と妹が菜の花畑で全裸で走りまわるシーン。クストリッツァの「黒猫・白猫」で主人公とヒロインがひまわり畑を裸で駆け回るシーンがあるのだが、そちらは多幸感溢れるいいシーンだったのに、この映画だとイメージシーンとして処理されているのだけど、こちらは強姦シーンなので、コントラストを狙ったのかもしれないけど、シュールすぎて苦笑した。で、冒頭女医さんの太股をなでていた男・川崎もよそでは女を買ってたりもしているのだが、そのシーンで「イエス・クリ●リス」と言ってプレイに入る。なんですかそれ。
  • で話が進展して(多分、女医に関するこの手の噂を流した張本人が川崎だったらしい?)女医は自分の部屋で川崎に抱かれるが、最中にお互いに首を絞める。まあ動機的には2人ともまああるのでこの辺りは納得しないでもない。でここでは川崎のみが息絶える。
  • で問題のラストシーン。街を闊歩する女医、今まで登場しなかった不審な顔の男のバストアップがインサート。その後画面が急にスピーディにカッティングして、不審な男は女医に急接近して、背後から背中から後背位でいきなり物を言わせず挿入。女医「ああっー」
  • 「終」のマークで終了。不審な男が誰だったかという説明は全くない。

こういう話です。この映画に比較対象になりそうな映画は大林信彦の「HOUSE」だろうか。
いやさっぱり。もともと後述する「明治一代女」を観るのが目的でこの日に行ったから観ただけなんだが、こういう映画は構成まで残していただきたい。で、面白かったのと聞かれると、「一体なんなんだろうね。普通の映画しか観てない人はこの映画をショックを受けるといいと思うよ」ただ、魅せた人が怒りのあまり僕に殴りかかりそうになっても文句は言えないなあ。キワモノ好き映画マニアには必見でしょう。普通に生きてればこの映画に触れる機会はないと思います。映画の出来は別問題として観てよかった(資料的な意味で)

明治一代女

監督 伊藤大輔 1955年 111分
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歌舞伎役者・沢村仙枝と恋仲の芸者・お梅は、仙枝の襲名披露のために箱丁の巳之吉から金を借りる。無理して金を用立てた巳之吉は、堅気になって一緒に暮してくれとお梅に迫るが…。原作は、雇い人を殺害し無期懲役となった毒婦・花井お梅事件を題材にした川口松太郎の小説。
(シネマーヴェーラ渋谷HPの紹介文より引用)

で、「女医の愛欲日記」を観た直後の鑑賞だったので、面白かったとかそういう前に安心感を覚えてしまった。映画としては超一流のクオリティだと思う。木暮美千代がでてるからそれだけでも十分元がとれるだろーなと思っていたが、そんなことはなかった。伊藤大輔初鑑賞なのだが、流石サイレント時代の巨匠。トーキー映画でもその手腕は大胆にして繊細な手つき、明治時代の市井の街並や歌舞伎の舞台シーンのなんとも豊かなこと。今ならCGで頑張ればなんとかなるかもしれないが、スラム的な汚れを描くには、失われた技術や経験だけでもカバーできない凄みがある。
身分の低い芸者お梅(木暮美千代)とその恋人である若手歌舞伎役者沢村仙枝(この人が凄いイケメン。細い顔、流し眼といい、天は二物を与えるもんですか)との恋に、お梅を恋慕の情を抱えながら、日陰ら支える箱丁の巳の吉の三角関係を中心に身分違いという明治という時代では当然にあった風潮をからめて、重厚感のあるドラマになっている。
脇もいい、料亭(?)『大将』の女将杉村春子のが意地悪をお梅にするのだが、その意地悪ブリがとてもさまになっていて、ほんといやらしい口調がさすが役者の貫禄を描く。
基本的にはすれ違いによる様々な祖語が生み出す悲劇なのだが、それぞれの心情の動きを決して行動や台詞に頼ることないところがいい。例えば、木暮美千代と杉村春子の仙枝の襲名にかかる費用の話をしているシーンは2人きりなのに、その話が終わるが否や、背後の廊下や階段から沢山の人々がざわめいて挿入される。このとき杉村春子と切り離されているわけで、喧騒の中で孤独な状況にわかれる木暮美千代。画面の手前と奥の状況に差をつけて、心情を語らずとも分からせるところが、実に巧み。
いいシーンを揚げていくと霧がないので、良かったシーンを揚げると、巳之吉がお梅に裏切られたと思いこみ(その前に色々誤解してしまう伏線がちりばめられているあたりも巧み)、巳之吉がお梅を殺そうとするシーンは凄い。いまどきだとアップばかりを撮ってしまいそうになるが、橋を舞台に雨でぬかるんだ泥の中でもがくシーンと、当然お梅は抵抗するし、巳之吉も殺意十分(このシーンの前のお梅の家の包丁が無くなっているシーンを捉えていたのも、ツボを抑えている)、ぬかるみで体がうまく動かせないところ、橋の奥で2人が向かい合うシーン、殆ど台詞無しで、アクションと構図の緩急でサスペンスを助長するシーンはドキドキした。おそらくこのシーンが白眉。
でも昔の映画なので、ここで終わるわけではなくで、お梅が主人公であることでエピローグもばっちり魅せる。仙枝の襲名式に隠れて見届けている。そして弟が発見するも、見届けるまでを警察に便宜をはかろうとするシーンもいい。歌舞伎のシーンもよくわからん自分にも、テンションが伝わってくる中、隠れてみてるお梅が叫ぶ「紀伊国屋!」のあいかけ。ここの切なさは事後が予想されるために一層悲壮感が漂っていて観ていて切なくてやるせなくて、やっと言えたという感じがして、ここまでこの台詞を貯めた脚本も阿吽の呼吸がわかってて感心した。最後、お梅は巳之吉殺しで捕まり(当然覚悟はできていた)、お縄をかけられ、にぎやかな演芸場を後に静かに歩いていくラスト。このコントラストには痺れた。いや映画観ると落ち着くなあ。