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尾崎翠[ちくま日本文学004](2009年13冊目)

尾崎翠 (ちくま日本文学 4)

尾崎翠 (ちくま日本文学 4)

失恋とはにがいものであろうか。にがいはてには、人間にいろんな勉強をさせるものであろうか。すでに失恋してしまった二助は、このような熱心さでこやしの勉強をはじめているし、そして一助もいまに失恋したら心理学の論文を書きはじめるであろうか。失恋とは、おおこんな偉力を人間にはたらきかけるものであろうか。それならば(私は急に声をひそめた考えかたで考えをつづけた)三五郎が音楽家になるためには失恋しなければならないし、私が第七官の詩をかくにも失恋しなければならないであろう。そして私には、失恋というものが一方ならず尊いものに思われたのである。
第七官界彷徨』(155p)

大正から昭和初期にかけての作品群なのに、この70年代文学的少女漫画風な語り口はなんとも不自然な気もするが、決して不可解ではない。尾崎翠は初読なのだが、どの作品も贖罪をほのかに感じさせる恋文のような印象を受ける。書簡体形式の作品(『無風帯にて』)などもあるが、恋文の気分を味わうもそれは幸福の根源ではなく寂寥の境地に達しているような気がする(かわってエッセイでは、チャップリンへの恥ずかしげのないラブレターのような内容もあるが)。特殊な恋愛小説でありながら、その題材の選び方は奇妙な捻くれがある。『第七官界彷徨』など、分裂心理学と鱗の研究がキーワードになっている。結構ゆっくりと読んで、内省的な示唆に富んだ文章が隅々に行き届いており、哀しみを背負っていたとしても何処となく心地よかった。不思議な作品集だった。